音波の薄皮 -picked-

『音波の薄皮』ピックアップ since1998 (不定期更新)

君が笑うとき君の胸が痛まないように / 槇原敬之 (1990)

少年時代から思春期を経て青春時代へと至る、その過程における感情の揺れ、その蓄積と一端を瑞々しく切り取った脆い一枚。

青春時代特有の人としての青さはおそらく少年時代のそれから続いているものであり、その残滓であったり、もしくは年齢なりに醸成されたものであったり。

槇原敬之は人としての成長と共に音楽、特に歌詞における変遷が顕著であるアーティストだと考える。

アーティストの原点はファーストアルバムに集約されると見る向きもあるが、彼の場合そこには該当し得ないものがある。

近年の作品が「ライフソング」とも言える、人として生きることの重さを歌うことを主軸にしているのに対して、このファーストアルバムは「ラヴソング」、その一点のみに集約される楽曲で構成されているからだ。

青春時代特有の感情の機微が人間としての揺れ、センチメンタリズム、果てはモチベーションへと結びつく、その最大の要因が恋愛感情によるものであると、この作品は美しく表現している。

その時代を通り抜けてしまえば、恋愛感情における心の揺れは人としてのプライオリティの後ろへと追いやられる。

したがって、逆説的、また結果的に、槇原敬之はこの1990年の一瞬における本人の最優先事項として、象徴的にラヴソングのみを綴っていたのかもしれない。あまりにも儚い、成就から見放されたラヴソングの数々を。

それこそが青春時代に生きる若さを歌うための、最も大きな原動力となり得るのだから。

君が笑うとき君の胸が痛まないように